木材乾燥について
平成9年に私はJパネル製造システムの開発をしていました。システムを構成する機械の約90%はオリジナルであるためにその開発には相当の労力を必要としました。一方で乾燥機については世間に乾燥材と呼ばれる建材が多く存在し、乾燥機メーカーも国内だけで40社を超えていたので乾燥機の自社開発は予定していませんでした。ところがシステムの開発が半ば完了した段階で乾燥機メーカーに私の要望を伝えると「そんな乾燥機は世界中どこを探してもありません。」という返事が返ってきました。困ったことに開発中のシステムは私の要望を満たすような乾燥機が前提となっていました。私の要望とは厚み15mmないし20mmの生のスギ板を24時間で乾燥し、仕上がり含水率は10%以下、割れや変形等の不良率は2%以内というものでした。それで否応なしに自社開発を行うことになったわけです。木材乾燥の経験者は社員の中で一人もいませんでしたが、コーヒー豆の乾燥をやったことのある社員が一人居り、やる気もあるので任せてみることにしました。唯一、彼の技術的根拠はコーヒー豆の乾燥で使った過熱蒸気を木材に応用してみるということでした。後で分かったことですが過熱蒸気で木材を乾燥する方法はまだ誰もやったことのない方法でした。そして私は私で必死に調べたところ、木材中の主要な成分であるリグニンは生材であれば80℃前後から軟化が始まり、そのまま乾燥すれば熱処理されて硬化成形されるというものでした。こうして過熱蒸気とリグニン軟化を応用した木材乾燥機の開発が始まりました。そして約1年後、20㎥入り過熱蒸気式木材乾燥機2基が完成しましたが、その性能は当初目標とした数値を見事にクリアしたものでした。この奇跡的ともいえる成功の原因はそれまでの木材乾燥に関する先入観が全くなかったことと、Jパネル製造システムを何が何でも成功させるという全社員一丸となった執念ともいえる思いであったと思います。現在でもこの乾燥機はJパネル工場で活躍しており、厚み16mmのスギラミナは乾燥直後には含水率5%前後で真平らに成形され、その形状は殆ど変化しません。この乾燥工程がJパネルの高品質を支えています。その後、Jパネル製造システムは徳島県と鳥取県に設置され、それぞれ2基の乾燥機が現在も活躍中です。
柱材や梁桁材も乾燥できる乾燥機(Sドライ)の開発は平成10年に始まり、平成11年に社内に5㎥入りの実験機を設置し、同時に内部含水率計を搭載したグレーディングマシンも開発設置してテスト乾燥を開始しました。全国の製材工場から様々な樹種の構造材をお預かりして100回を超えるテスト乾燥を行った結果、針葉樹では殆どの樹種で3日ないし6日間で平衡含水率まで乾燥できることが分りました。そしてSドライを複数の製材工場に4台納入しましたが、残念なことに多くの引き合い案件を抱えたまま、私の会社は倒産してしまいました。その後、乾燥機事業は14年間の間に丸天星工業㈱から㈱DreamWood98に引き継がれてきました。この間に様々な改良、改造を繰り返しながら17台の機械を納入しました。発売当初は短期間でよく乾き、歩留まりも非常に良いと評判でしたが、一部の人達からは内部割れが多いと不安視されることもありました。最近5年間は改良の重点をこの点に充て、現在では内部割れを激減(当初の1/5以下)させることに成功しています。
ここで一般的な木材乾燥のメカニズムを説明しますが、その前に木材中には2種類の水が存在していることを覚えてください。木材中の道管の中や細胞室の中にあるのが自由水です。もう一つの水が結合水と呼ばれる水で、こちらは木材組織と分子結合しており、細胞壁の中に結晶状態で存在しています。木材乾燥とはこれらの水を木材中から取り出す(蒸発させる)ことですが、自由水を取り出すときには木材の変形が起こりませんが、結合水を取り出すと細胞壁が収縮し、変形が発生します。一般に木材乾燥の初期には自由水が出てきますが、この自由水が略なくなった状態を繊維飽和点と言います。この時の含水率が約30%です。ここまでの工程を脱水工程と呼ぶことにします。自然乾燥等の低温乾燥を行っている人達の中にこの脱水工程を乾燥と勘違いしている人達がいますが、木材乾燥の目的から考えると全く間違った認識としか言いようがありません。なぜなら木材乾燥の目的の中で、最も大事なことは木材を平衡含水率まで乾燥させることによってその後の変形を防止することにありますが、含水率30%は変形の開始時点で、この状態では全くの未乾燥材だからです。なお、平衡含水率は14%前後ですが、木材の使用環境によっては10%位まで下がることも考えられます。ですから最も理想的な乾燥とは変形を抑制しながら含水率を10%前後まで乾燥させることです。さて乾燥のメカニズムですが先ず自由水を取り出し、次に結合水の結合を解き、水の形になったものを取り出すわけですが、自然乾燥の場合は温度も低く、風も弱く、湿度もコントロールされていませんから木材の表面部分から長時間かけて少しずつ水が蒸発してゆきます。4寸角のスギ材の場合で含水率が20%になるのに半年ないし1年かかるとされています。常温では木材中心部の結合水の結合がなかなか外れませんので平衡含水率になるまで数年を要します。さらに結合水が抜けた部分は体積が収縮するために抜けていない部分との間に応力が発生し、割れや曲り等の変形が起こります。一般的な人工乾燥の場合には温度、風、湿度をコントロールして乾燥しますので自然乾燥よりは時間を短縮できますが、それでも1ヶ月以下にはなりません(4寸角スギ材の場合)。またこの場合も変形を抑えることは難しく歩留まりの向上は期待できません。以上が乾燥のメカニズムですが、ここで問題になるのが含水率計です。認定機関である住木センターで認定しているポータブル含水率計では表面部分しか正確に測定できませんので内部が未乾燥でも分かりません。そこで生産工場では木材内部まで乾燥すると時間もかかり、不良材も大量に発生するため表面部分のみ乾燥させて出荷してしまうケースが少なくありません。さらに深刻な問題になっているのが100℃以上の温度で乾燥する場合にドライングセットという方法で乾燥しますが、この場合の内部割れ(内部破壊)の問題です。特にスギ材は100℃以下の温度では乾燥し難いので近年、時間短縮の目的で110℃前後の温度で乾燥を行うようになりましたが、そのままですと外部割れが多く発生するためにドライングセットという方法が考案され多くの工場で採用されました。この方法は乾燥初期に木材表面部分のリグニンを蒸射加熱により軟化させ表面から5mm前後の深さまで短時間で乾燥させるというものです。ドライングセットの後、高温で乾燥を続けると酷い内部割れが発生するので多くの場合に中温ないし常温で乾燥を行いますが、この場合は木材内部が未乾燥である場合が殆どです。ドライングセットをかけた木材表面はリグニンが伸びたまま固まっているために内部が乾燥すると応力が発生し内部割れが起こるので、内部が未乾燥の場合には建物に使われてから時間をかけて内部割れが起こっていることになります。また、内部が未乾燥であることは腐朽菌の活動を止めることもできず、防蟻上問題であるばかりか、木材の本来持っている性能(調湿性能、蓄熱性能、防音性能等)を十分発揮することができず良い建築材料とは言えません。住宅建築業界を俯瞰した時に大手住宅メーカーにおいて、その構造部材としてホワイトウッド集成材(WW)が多く使われていることに危惧の念を抱いている人達は多く居ますし、一方でスギ乾燥材が1本も使われていないことに疑問を持っている人も少なくありませんが、最近、残念ではありますが、実は大手住宅メーカーは分かっていながらWWを採用しているのではないかと思うようになりました。それは樹種的に長期耐久性に問題のあるWWよりもスギ乾燥材の方が遥かに劣っていることが分かり、やむなくWWを使っているのではないかと推測したからです。
以上が一般的な木材乾燥のメカニズムと問題点ですがこれら蒸気式以外にもさまざまな乾燥方法が宣伝されています。真空高周波方式、高温高周波方式、減圧方式、低温除湿方式、遠赤外線方式等です。しかし残念ながらその性能は謳い文句に遠く及ばないのが現状です。
次にSドライの乾燥メカニズムについて説明します。
*この部分をお知りになりたい方は下記までお問い合わせ下さい。
*お問合せ先: yuki26-o@xj.commufa.jp
最後にスギの乾燥があまりうまくいっていないことについて考えてみます。その一番の理由は専門家といわれる人達があまりにも過去に囚われ過ぎていることです。もっといえば過去の間違えを認めることです。特に100℃以下での乾燥理論はある程度体系化しておりますが100℃以上においては学術的な理論はありません。そしてスギは100℃以上でないと乾燥しにくい樹種なのです。
2番目は乾燥機を導入しようとする人達があまりにも専門家に頼り過ぎていることです。人任せにしないでご自分の目で見て考えることです。その方法はとても簡単です。実用機でテスト乾燥を1回行えば分ります。乾燥前の材料を確認し、スタートと完了時に立会い、乾燥後の材料の品質と歩留まり、そしてランニングコストを確認して収支を計算すれば答えは自ずと出てきます。しかし、このような簡単なことなのに行っている人は殆どいません。残念なことです。
最近CLTが話題になっていますが、そんなに難しいことを考えなくても、国産無垢材でしっかりと乾燥させて品質保証をすればWWに奪われた市場を取り戻すことは可能であると思います。CLT関係に流れている補助金の半分でもまともな乾燥設備に向けて頂くだけで大きな成果が期待できるのにと思います。
(2016.5 大石)